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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)3492号 判決

原告

吉田浩也

ほか一名

被告

桂田正治郎

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告らに対し、各金五三〇万九五七二円及び各内金四八二万九五七二円に対する昭和五四年一二月七日から、各内金四八万円に対する被告桂田正治郎は昭和五五年四月一七日から、被告岩崎化成株式会社は同月一八日から各完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告吉田浩也及び同吉田登志子に対し、各金一七七八万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五四年一二月七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五四年一二月七日午後二時五七分ころ、亡吉田篤志(当時四歳の男児、以下、亡篤志という。)が東京都中央区銀座一丁目一九番一六号先昭和通り新京橋交差点内の横断歩道を青信号に従つて横断中、同所を左折しようとした被告桂田正治郎(以下、被告桂田という。)運転の普通貨物自動車(登録番号足立一一そ七五八四、以下、本件車両という。)に轢過され、脳挫創により即死した(以下、本件事故という。)。

2  被告らの責任

(一) 被告桂田は、本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条により損害賠償責任を負う。

(二) 被告岩崎化成株式会社(以下、被告会社という。)は、被告桂田を専属下請として使用し、その指揮監督の下に本件車両により専ら被告会社の荷物の運送業務を担当させていたものであり、本件車両の運行を支配し、その運行による利益を得ていた者であるから、自賠法三条により損害賠償責任を負う。

3  損害

(一) 亡篤志の逸失利益

(1) 亡篤志の逸失利益を算定するに当たり、中間利息を控除すべきではない。

賃金の上昇には、一般に定期昇給とべースアツプの二種類があり、ベースアツプ率は労働生産性の上昇率と物価上昇率の和であるとみてよい。そして、わが国が資本主義社会として存続することを前提にする限り、長期的にみて一定率以上の労働生産性の向上は必至であるし、従来の物価上昇率や政府の経済運営方針に照らしてみても、今後相当長期間にわたり少なくとも年率五パーセント程度の物価上昇が継続することは高度の蓋然性があるというべきである。

したがつて、将来のべースアツプはどんなに控え目に考えても年五パーセントを下回ることはないから、年五パーセントの割合による中間利息を控除すべきではない。

(2) 昭和五五年賃金センサスによれば、男子労働者の平均年収は金三四〇万八八〇〇円であり、昭和五六年及び五七年の賃金上昇を各六パーセントとして計算した金三八三万円を基礎とし、生活費を四割控除し、稼働可能な四九年間の逸失利益を算定すると金一億一二六〇万二〇〇〇円となるが、内金三〇〇〇万円を請求する。

(3) 原告吉田浩也(以下、原告浩也という。)及び原告吉田登志子(以下、原告登志子という。)は亡篤志の父及び母であり、右金員につき二分の一ずつ相続により取得した(各金一五〇〇万円)。

(二) 葬儀費用

原告らは、昭和五四年一二月九日に亡篤志の葬儀を行い、金七〇万五〇二〇円を支出したが、原告らはこれを二分の一ずつ負担した(各金三五万二五一〇円)。

(三) 慰藉料

亡篤志は、原告らにとつては三人の子の二男であり、四歳という可愛い盛りであり、原告らは、亡篤志を失つたことにより生涯癒されない深い精神的苦痛を被つた。

しかも、本件事故は、青信号に従つて横断歩道を渡つていた際に一方的に本件車両により轢過されたものであり、また、被告桂田は原告らの被害感情を癒す努力を全くしなかつた。

以上のような本件事案の性質を考慮すると、原告らに対する慰藉料は各金一〇〇〇万円が相当である。

(四) 損害のてん補

原告らは、本件事故により被つた損害について、自動車損害賠償責任保険から金一七六一万一六二〇円の支払を受けた(各金八八〇万五八一〇円)。

前記(一)ないし(三)の合計額から右金額を控除すると、各金一六五四万六七〇〇円となる。

(五) 弁護士費用 各金一五〇万円

(六) 損害合計 各金一八〇四万六七〇〇円

4  よつて、原告らは被告らに対し、連帯して原告各自について内金一七七八万五〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年一二月七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告桂田

(一) 請求の原因1の事実は認める。

(二) 同2(一)の事実は認める。

(三) 同3(一)(1)、(2)の事実は争い、(3)の原告らの身分関係は認める。

同第3(二)及び(五)の事実は知らない。同3(三)の事実は争う。

同3(四)の支払額は認める。

2  被告会社

(一) 請求の原因1の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実は否認する。

元請人に運行供用者責任が認められるためには、〈1〉元請人と下請人との間に密接な人的関係が存在すること、〈2〉元請人と事故車との密接な関係の存在することを要するものであり、具体的には、〈1〉については、〈A〉専属関係の存在、〈B〉下請人に対する事務所又はその敷地の貸与等、〈C〉作業現場への監督者の派遣、作業の一般的指示等を要するとされており、〈2〉については、車の貸与、車の購入についての融資、ガソリン代・修理代の負担、車の格納場所の貸与等を要するものとされている。

被告会社には、右〈1〉の〈B〉〈C〉、〈2〉の事実は存在しないし、被告会社はその運送業務につき、被告桂田の他に数社に依頼しているものであつて、事故当時被告桂田が被告会社の運送業務だけに従事していたとしても、被告桂田の一身上の都合から事実上専属になつていたにすぎず、このことから密接な人的関係の存在を推定することはできない。

(三) 同3のうち、(一)(3)の原告らの身分関係、(四)の支払額は認め、その余の事実はいずれも知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告桂田が本件車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、同被告は自賠法三条により損害賠償責任を負う。

三  そこで、被告会社の責任について判断する。

成立に争いのない甲第三一号証、証人佐瀬正明の証言により真正に成立したものと認められる丙第四号証の二、同証言、被告桂田本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

被告桂田は、昭和四八年一月ころから被告会社のトラツク運転手として主として運送業務に従事していたが、昭和五〇年三月ころ、被告会社から独立して個人で運送業を始めることになり、被告会社に購入代金の一部を立て替えてもらつて新しくトラツクを購入した。しかし、独立とはいつても名目的なものであり、独立以後の業務内容は、被告会社の専属的下請として、被告会社の指示に基づき、専ら被告会社の荷物を運搬するというものであつた。そして、その運送代金は、仕事量の多少にかかわらず被告会社から月ぎめの固定給及び残業代という形で支給され、実質的には被告桂田の生活費、車の割賦代金、運送の必要経費等を考慮して定められていた。また、日常の勤務形態も、原則として毎朝被告会社に出社して配達先の指示を受けるというものであり、本件事故当時も被告会社の荷物を運搬中であつた。

以上の事実に照らすと、被告会社は、本件事故当時、本件車両についての運行を支配し、運行による利益を得ていたものであつて、本件車両を運行の用に供していた者であると認めることができる。

よつて、被告会社は自賠法三条により損害賠償責任を負う。

四  次に損害について判断する。

1  亡篤志の逸失利益

(一)  原告らは、亡篤志の逸失利益を算定するに当たり、将来長期間にわたつて年五パーセント以上のべースアツプによる平均賃金の上昇が続く高度の蓋然性があるから、年五パーセントの割合による中間利息を控除すべきではないと主張する。

しかし、本件のような幼児の逸失利益を両親が相続するといういわゆる逆相続の場合に、口頭弁論終結後のべースアツプによる平均賃金の上昇を考慮して逸失利益を高額化させること自体合理性があるか否かの問題はさておくとしても、短期的にみても、将来平均賃金が消費者物価上昇率を下回らない率のべースアツプにより上昇する蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠はないし、また、口頭弁論終結後亡篤志が六七歳に達する年までの長期間にわたり、毎年五パーセント以上のべースアツプによる平均賃金の上昇が続く高度の蓋然性を認めるに足りる証拠もないから、原告らのこの点に関する主張はその前提を欠き、採用することができない。

(二)  亡篤志が本件事故当時四歳の男児であつたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、同人は本件事故がなければ一八歳から六七歳までの四九年間稼働可能であつたものと認められるので、最新の統計資料である昭和五六年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年令平均賃金である金三六三万三四〇〇円を基礎とし、そのうち生活費として五割を控除し、ライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して右四九年間の逸失利益の死亡時の現価を算定すると、次のとおり金一六六七万〇七六五円(一円未満切捨て)となる。

3,633.400×(1-0.5)×(19.0750-9.8986)=16,670,765

(三) 原告らが亡篤志の両親であり、その相続人であることは当事者間に争いがないので、原告らは、前項の金員の二分の一ずつに当たる各金八三三万五三八二円(一円未満切捨て)の損害賠償請求権を相続により承継取得したことになる。

2  葬儀費用

原告浩也本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡篤志の葬儀を行い、その費用として金六〇万円以上の金員を要したことが認められるが、そのうち金六〇万円は本件事故と相当因果関係のある支出と認められるので、原告らは各金三〇万円の損害を被つたものと認められる。

3  慰藉料

成立に争いのない甲第一号証、原告浩也本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは三人の子の二男である亡篤志を本件事故により失い、多大の精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると、亡篤志の死亡についての慰藉料は、原告らにつき各金五〇〇万円が相当であると認められる。

4  損害のてん補

原告らが自動車損害賠償責任保険から各金八八〇万五八一〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、前記1ないし3の合計額から右金額を控除すると、残額は各金四八二万九五七二円となる。

5  弁護士費用

本件事案の内容、難易、訴訟の経緯、請求額及び認容額等諸般の事情を考慮すると、原告らが本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は各金四八万円と認められる。

五  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、前記4及び5の合計各金五三〇万九五七二円及び各内金四八二万九五七二円に対する不法行為日である昭和五四年一二月七日から、各内金四八万円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告桂田は昭和五五年四月一七日から、被告会社は同月一八日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当としていずれも棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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